English site
庭火祭イメージ
トップ庭火祭とは過去のコンサート熊野大社について会場アクセス

庭火祭十周年に寄せて

庭火祭実行委員会委員長 土谷昭二

庭火祭は第1回の「かがり火とインド音楽の夕べ」からスタートしました。そして、こうして10回目を迎えられることとなり、これもひとえに皆様方の心あたたかいご厚情の賜ものと深く感謝し、厚くお礼を申しあげます。またスタッフの皆さん方には、ボランテア精神にのっとり、10年の長きにわたりご活躍いただきましてありがとうございました。尚、一層、今後とも、よろしくお願いを申し上げます。

実は、第1回庭火祭の前年、199年(平成5年)5月14日に、リハーサルというか、インド音楽がどういうものかと紹介を兼ねての熊野大社野外コンサートをやったのですが、その日の実行委員会で行った反省会のメモがここにあります。

藤田 丈: やってみて大いに感動しました。いろんな方々の力の結集でここまでやれた。八雲村にこれだけのスタッフが適材適所にいたということに、自分でも驚いています。他にもユニークな人がたくさんいるだろうし、庭火祭が新しい活動の場になるように今後も多くの人に参加を呼びかけたい。神道の起こりの熊野大社でインド音楽という異質なものをやり、どうなるか気がかりでしたがアジアの古い文化という点でうまくあっていたし、異文化がぶつかってプラスの方がでて、皆さんに考えてもらうよい機会になってよかった。今後もアジアの国々の古典音楽をかがり火に照らしてやっていきたい。続けることによってひとつの大きな波や力が出てくるのではないか。

 (以下、発言の一部のみ)

安達治男: 主催者でありながら、どういうものなのかやるまでわからず、私たちも始めてのことだったが予想以上に盛り上がった。一人、ひとりの高い次元での思いが実ったと思う。今回はインド音楽だったが、本当の大きな目標は国際交流です。そのために今後、もっと多くの外国からの客人との対話を重視したい。

石原元雄: たくさんの人に見にきていただいて本当によかった。かがり火の演出は非常によかった。ただ、危険性があるので安全対策、会場整理を十分にしないといけない。

有馬 勇: 本部をしっかりと設置し、準備段階からしっかりしないとみんなが有効に動くことができない。

瀬古康雄: 音響に十分な予算がとれなかった。本当は境内全体にインドの音、特にタブラの音が響き渡るはずだった。秋の本番にはもっといい音を響かせたい。

三好由紀子: 初めての司会で様子がわからず、打ち合わせも十分にできずに戸惑いました。

米田権禰宜: ここまでやれたのも天狗の会の活躍のおかげです。

当時のコメントであるが、他のメンバーのコメントもたくさんあっただろう。残念ながら記録が無い。誰もが一生懸命だった。つくづくと痛感するのは、十年先をも見越していた、そのすばらしさである。庭火祭を始めてから、早いもので十年の歳月を費やした。その成果はあまりにも大きく、その波及効果.は計り知れない。世界の国々の民族音楽を広く知ってもらうことはもとより、庭火祭が地元での国際交流の原点となり、今日の国際交流関係のさまざまな事業の大きな推進役を担ってきた。小学校や中学校への外国の出演者の訪問は、子供たちの外国のひとたちへの思いを一変させ、打ち解けての交流となった。また、村と町の交流の場として、地元以外の非常に多くの人たちとも交流を深めることになり、大きな絆をもたらした。

 思い起こしてみると、この企画には避けてとおれない道、難関がありました。それはインドの演奏家を呼びたいという三村さん、佐藤さんの呼びかけに応えて、熊野大社へは瀬古さんと藤田さんが依頼に行かれた。初めてこういう企画をお話になりましたが、村のえらい人や学校の先生、神職、氏子の皆さん等々お集まりでしたが、この企画はあまりに奇抜・高尚で、とても無理ではないか、残念ながら時期尚早ということになった。

こうして年が明けてしまい、しかしこれだけ大勢の人が集まられ、関心を持たれたものを、何とかならないだろうかと、神社に相応しいように古式にのっとって「庭火の祭」の再興ということで再度、皆さんにお願いしてみようということに移った。ちょうどお宮の節分祭の日、運良く瀬古さんが千家宮司と出会われることになった。熊野大社の神殿の前、ましてやお参りするところへ舞台を作るという発想、神殿に背を向けて客席に向かって演奏するという発想、わけのわからぬインド音楽を演奏してしまうという企画に、当時としては、どこの神職が、どこの宮司がOKのサインなど出すでしょう。このとき千家宮司は、即座に「庭燎を焚いて庭火の演奏をするのは昔からの神社の伝統です。有名な演奏家が時々出雲大社に来て奉納演奏をやっている。精神的に優れたものなら、インドのものでも皆さんに受け入れられるようになるだろう」といわれたとのこと、その日のうちに米田権禰宜に庭火の祭ということで実現できるよう、また以前にコンサートを手がけていた関連で「地元では土谷に手伝わさせなさい」と指示を出されました。こうしてお宮の警護に当たっている天狗の会がかがり火担当となった。この千家宮司の大きさ、懐の偉大さ、寛大さ、誰にもチャンスを下さるこの気持ちに応えられるようみんなが一丸となって向かってきて十年を迎えることになりました。

ここまでのことにはたいへん多くの皆様にご厚情を賜り、またご心配をいただき、ご協力を賜りましたことを心から厚くお礼を申し上げます。今回、十回目を迎えるにあたり、また、今後におきましても変わりませぬご支援とご厚情をいただきますようお願い申し上げます。