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第4回「かがり火とナイルの歌の夕べ」

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プログラム

1.庭火祭祭事  熊野大社伶人(熊野大社八雲楽)
    庭火の笛  中川博志(バーンスリー)
2.日本のうた  木下伸市(津軽三味線、民謡)
 木津茂理 木津かおり(民謡、囃子)
3.ナイルのうた  ハムザ・エルディーン
4.太鼓共  熊野の鼕(地元・熊野の鼕社中)
 タール(ハムザ・エルディーン)
5.セッション  ハムザ・エルディーン(ウード、タール、唱)
 木下伸市(津軽三味線)
 木津茂理・木津かおり(民謡、囃子)

 中川博志(バーンスリー)

出演者プロフィール

ハムザ・エルディーン(HAMZA-EL-DIN)
1929年、アフリカ・ヌビアのワディ・ハルファに生まれる(現国籍スーダン民主共和国)。ファード王立音楽院(現アラブ音楽院)でアラブの古典音楽とウードの演奏技法を習得後、1964年渡米。ニューヨークのタウンホールでのリサイタルを始め国連での「人権の日」演奏会、ニューポート民族音楽フェスティバルなどに出演、好評を博す。1968年以降アメリカ合衆国に在住し、諸大学のアジア・アフリカ音楽研究のプログラムに参加し、ウードを教えるかたわら演奏旅行、テレビ・ラジオへの出演、またフランシス・コッポラ監督の映画「少年と黒い馬」の音楽担当などで活躍。 1981年9月、日本政府の国際交流基金の招聘で来日。その後も日本とアメリカに本拠をおきつつソロコンサートや、琵琶、リュート・三味線、現代舞踊などとの共演・演奏・研究活動を続けている。95年にビクターからCD「ムワシャー・幻のヴェール」を発表。大好評を得る。

木下伸市(きのしたしんいち)
芸人だった両親の影響で、幼少の頃より民謡を覚え、10歳の時、父親から三味線を習う。1982年、17歳でNHKオーディションに合格。84年、津軽三味線名人・藤田淳一氏に師事。86年・87年と二年連続で津軽三味線全国大会優勝。現在は、伊藤多喜雄、坂田明等様々なミュージシャンと共演を重ねるかたわら、自己を中心としたロックグループでオリジナル曲を披露、津軽三味線を過激にアプローチしている。

木津茂理(きづしげり)
3歳より民謡を父・木津竹嶺に師事。幼少の頃より数々のレコーディングに参加。NHK他各テレビ局の民謡番組にも出演。高校卒業後、金沢明子、伊藤多喜雄などの鳴りものを担当し始める。いわゆる伝統的な民謡と平行して細野春臣、坂田明、仙波清彦などのバンドに参加するなど、他ジャンルのミュージシャンとの交流も意欲的に行っている。

木津かおり(きづかおり)
3歳より父・木津竹嶺に民謡(唱)を師事。幼少の頃より、姉・茂理と共に数々のレコーディングに参加。NHK他各テレビ局の民謡番組に出演。高校卒業後、コロンビアレコードと専属契約し、本格的に歌手として活動を始める。一方、細野春臣、坂田明、仙波晴彦等のバンドに参加。また、姉・茂理との「花吹雪民謡ライブ」をはじめ、各ミュージシャンとのライブも積極的に行ない、活動中。

中川博志(なかがわひろし)
1981年から1984年、インド・バナーラスのバナーラス・ヒンドゥー大学音楽学部音楽理論学科に留学し、インド古典音楽を研究する。大学のかたわら、声楽とバーンスリーを習う。帰国後、バーンスリー演奏家として演奏活動を始める。現在は、インドの人間国宝ハリプラサド・チャウラスティア師にバーンスリーを師事している。演奏活動の他に「天楽企画」を主宰し、アジア、日本の古典芸能の紹介を目的とした演奏会の企画、制作を行っている。95年10月には国際交流基金海外派遣事業「エイジャン・ファンタジー・オーケストラ」のメンバーとして参加。訳書に『インド音楽序説』(東方出版、1994年、第2回アジア・太平洋出版連合出版賞一般書部門銀賞受賞)がある。

第4回「かがり火とナイルの歌の夕べ」 写真

第4回「かがり火とナイルの歌の夕べ」 写真

第4回「かがり火とナイルの歌の夕べ」 写真

第4回「かがり火とナイルの歌の夕べ」 写真

第4回「かがり火とナイルの歌の夕べ」 写真

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